士道日本拳法の確立を目指して(平成29年度 日本拳法優勝大会 パンフレットより)

日本拳法の修業は人間形成の道であります。人生は二度とやり直すことができません。だから一日一日、一瞬一瞬を大切に、悔いのない生き方をしなければなりません。日本拳法の究極の目標は「自力正道・陽気報徳」の具現にあると、森先生は述べています。「吾等は自力正道(じりきしょうどう)の精神を養うために拳法を学ぶ。吾等は陽気報徳の心をもって(世のため人のためにつくし)世界平和に邁進す。」これが森先生の提唱する吾等の信条です。換言すれば、拳法の修業を通じて強く逞しい心身を養い、自ら信ずる正道を歩むと共に、国家社会の恩に報いるため精いっぱい働くこと。すなわち日本拳法の修業の目標を人格の完成にとどまることなく、究極的には社会の恩に報いるために、社会の進歩発展に貢献する。人間形成とは、一個人としては自主性や独立心を養成することであり、また、他者や社会とかかわる中で共存発展できるような社会性の養成をしていく、この両面を兼ね備えた人格の完成こそ私たちが目標とすべき人間像であるのです。

そして、人間形成の過程での練習や試合について、その正しい意義を、森良之祐先生が著された拳法教程をもとに考えてみたいと思います。

 

〇人間は向上心と競争心とを必ず持っている。一つの目標に向かって不可能を可能にするひたむきな努力、厳しい自己錬磨からの人間性の探求。これが試合により一層明らかにされる。

試合はどちらか一人が勝ち、どちらか一人が負ける。勝つには勝つ原因があり、負けるには負ける原因がある。このことの反省と研究の叡智を得るとともに、自分を知ることができる。

〇学問、仕事の合間に苦しい練習をする。労を避け、楽を求めるのは人間の常かも知れないが、男の生き方は時としてストイック(禁欲主義的)であることこそ、真実の道を求める手段であると考えている。又団体として試合するとき、場合によって個人の犠牲が要求されることがある。その厳しさは恐らく体験したもののみが味わい得るものであるが、この条件に耐え得たものが、後日生きてくることを疑わないものである。

 

次に森先生は現代の税制を例に、独特の理論を展開します。

 

〇現在社会の共存理論は、能率の良い人はさらに良くなるよう、能率の悪い人もよりよくなるよう力を出す。その後に起こる果実分配にあたっては、能率の高い人が全部それを取らないで、能率の悪い人も生活には同じように金がかかる。殊に身体の弱い人などには余計金がかかるからその方へ回す。即ち租税は高所得者を重くするという根本原理で教育も厚生設備も、労働問題も解決されることになっている。

拳法の練習においても、この原理をもって行わなければ、良い選手良いチームは作れない。強いものが弱いものに対して恕(おもいやり)のない攻撃をすれば、弱いもの(技術・体力が未熟なもの)はたまったものではない。人間の肉体面の防御力は大差なく、特に頭部においてはである。そこで強いものは力をセーブする。セーブすると、使わない機械が錆び付くと同じように腕が落ちる。「獅子は兎をとらえるにも全力を尽くす」という。この矛盾に対処するために考える拳法、練習の適正が真の“切磋琢磨”を生み、素晴らしい強者が、男の人格が作られる。(女性の門下生がいなかった時代の表現です。)

 

試合が無くとも、素晴らしい武道の団体もありますが、私たちは練習や試合の意義を理解し、取り組んでいかなければなりません。そして心身の鍛錬のみに偏るのではなく、社会生活の機能や道徳性を高め、日本民族の幸福につながる士道日本拳法の確立を目指して、皆様とともに精進してまいりたいと思います。

日本拳法協会 最高師範 山田 一繁

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コメント

    • 松原功明
    • 2018年 12月 01日

    読ませて頂き大変勉強になりました
    ありがとうございましたm(__)m

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